山田誠也と島田一男

師・江戸川乱歩へ対するスタンスに温度差がある弟子二人。


「あの闊達鷹揚でものにこだわらない乱歩先生が、あれほど御自分の頭の毛を気にされていたとはなあ。偉大なる大乱歩も俺達と同じように卑小なコムプレックスにとらわれていたと知ると、意外だがなにやら可愛らしくもあるな」
「島田さん、聞いてください。僕には常々、抱いていた疑問があったんです。その疑問が、今日、確信になりました。すなわち──尋常な頭からは尋常な思考しか生まれない、と」
「うん?」
「乱歩先生の尋常ならざる探偵小説愛、常人離れした猟奇趣味、天馬空を駆けるごとき自由奔放な奇想は、あの自由奔放に解き放たれた頭だからこそ生まれ得たものだ、と」
「山田君?」
「何ものにも覆われず、縛られず、しかも失うものは何も無いという不退転の覚悟と決意をも示すあの頭皮。大胆に潔く剥き出されて光り輝くあれこそが比類ない頭脳の持ち主たる証であったとは、神のみぞ、もとい、髪のみぞ知る」
「山田君……」
「僕達みたいに豊富な毛髪で守りを固めているようでは、到底、先生の境地にはたどり着けません。ああ、まさしく偉大なる大乱歩! たった一目で判断できる身体的特徴でも、探偵小説家としての格の違いを思い知らせてくれるなんて。そうは思いませんか、島田さん」
「いや、それは」
「いずれ、いつか、僕が作家として身を立てた暁には──僕は乱歩先生の神秘的な禿げ頭について持論を著そうと思います。乱歩先生の才能と禿頭とくとうがいかに唯一無二の存在であるか、日本の探偵小説界の至宝であるか、直弟子として世に広く伝える責任があります。言うなればこれは、禿げれば尊しわが師の恩」
「……まあ、頑張りたまえ。しかし、なんというか、君はそういうところを先生に『山田君は何をしでかすかわからん男だ』と危険視されるんだろうね。……」
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