Yggdrasil

「Yggdrasil」(イグドラシル)は神話上の複数世界を内包する大樹の名前。異なる様々な世界の天に枝を広げ、地に根を伸ばし、すべての運命はこの一本の巨木が支えているとされる。


一 ────
(「Adam」チャプター2の最初あたり)


「これね、うちのチラシなんだけど。『パンドラ』の中に置かせてくれない?」
「簡単に言うけどさぁ、あたしが勝手に受けていい話じゃないんだよね」
「たったこれだけ。ほんのちょっとだけ。だめ?」
「ん~……。っていうか、エイト、仕事が欲しいならこんなセコイ営業じゃなくて“枕”したら? そっちのがてっとり早くて楽じゃん」
「『エイト』は卒業したんだ。そういう働き方は、もうしない」
「担当外でも見境なく手ぇ出しまくってた爆弾魔が、いまさら真面目ぶってんじゃないわよ。それとも、本命に操たててるとか?」
「本命? …………いや、それは」
「何!? 今のと顔! あんた、ひょっとしてガチの本カノができたの? ウケるー!」
「う、うるせえな! どうでもいいだろ!」
「ねえねえねえねえ、撃墜王を落としたのってどんな女? おしえてよ~」
「……そんなに知りたい? 俺の本命」
「うん!」
「だったら──おしえてあげる」
「や、やだ、ちょっと。壁ドンなんて今時、古いって」
「君だよ」
「えっ…………」
「(もうすぐだ。ちょろいな)」



二 ────
(「Adam」チャプター3の最後あたり)


「桜新町? それ、誰?」
「事務の桜新町さんだろ、とぼけるな! そのバグッた距離感、何!?」
「え? 宰子じゃなくて?」
「それ、誰?」
「…………」
「…………」
「なんだー、ビックリした! 人違いか! いやぁ、俺はてっきり、おまえが佐藤宰子に惚れたんだと──」
「佐藤宰子? どうしてここで佐藤さんの名前が出てくるんだよ? あのひととは関係ないだろ」
「あー……うん、まあな……」
「大体、親しくもない女性を気安く下の名前で呼ぶな。おまえ、なれなれしくてずうずうしいんだよ。そういうの嫌われるぞ、キモイって」
「はいはい、気をつけます(親しくなくもないんだけど……)」
「それにな、おまえは知らないだろうが、あのひと、片想いしてる相手がいるんだってさ」
「…………ハァ!?」
「すごくやさしくて素敵な男らしいぞ。忠告しておくけど、佐藤さんにちょっかいかけようなんて思うなよ。ま、どうせおまえなんか、相手にされるもんか」
「……片想い……あいつが片想い……」
「おーい、堂島? 聞いてる?」
「長谷部、おしえろ! そいつ、宰子とどういう関係!?」
「知るか。だから下の名前はやめ」
「隠すな! 吐け!!」
「ほ、ほ、ほんとに何も知らない! 関係どころか名前も歳も、佐藤さんは『秘密です』って! ちょっと、く、首! 首絞めないで!!」
「…………そうか。ついに好きな男ができたんだな。『やさしくて素敵な男』か」
「げほっ、ごほっ……し、死ぬかと思った……」
「良かったな、宰子。遠慮しないでガンガン行け、そいつに。おまえなら絶対に大丈夫だ。そして今度こそ幸せになってくれよ。……」
「いきなり何するんだよ! 殺人未遂で訴えてやる! ……って、ど、堂島? まさか泣いてんの?」
「泣いてねえ! これは汗だ、目の汗!」



三 ────
(「Eve」チャプター3の中盤あたり)


「本気で転職したいならいつでも相談にのるよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「君、よく見たらかなりかわいい顔してるし、スタイルも合格点だし。愛想はそりゃ、あるに越したことはないけど……でも君の場合は、その塩対応が逆に新鮮で客ウケしそう!」
「(塩対応……?)」
「俺も長くこの業界にいるけど、こんなにクール、ダウナー、ローテンションなキャバ嬢は見たことない。希少価値あるよ、うん! 冷たくされて喜ぶMっ気のコアなファンがつくかも!」
「(Mっ気……? コア……?)」
「この先、水商売でやっていくことを考えてるんなら、マジでプロデュースしてあげようか? ただのイケメン店長に見えるけど、実は俺、元カリスマホストなのよ。現役時代は『歌舞伎町の帝王』『百億の男』『生ける伝説』って讃えられた超有名人でさ。──なんちゃって!」
「……はぁ。と、とりあえず、まだ、結構です。あの、私、そろそろ仕事に戻らないと」
「あ! 君にピッタリの源氏名、思いついちゃった! 『サダコ』ちゃんとか、どう?」
「…………」
「じょ、じょ、冗談! 冗談だってば! そんな怖い顔でにらまないで!」



四 ────
(「Eden -episode 1-」チャプター2の中盤あたり)


「あっ、エイトさん! こっち、こっち!」
「遅れてごめんね。待った?」
「うん、待ってた。この私を五分も待たせるなんて、普通だったらありえないわよ。──でもエイトさんなら許してあげる! 去年より、また一段と格好良くなってるし~!」
「ど、どうも……(あいかわらずテンション高ぇ女……)」
「こんなにイケメンなのにホスト辞めちゃったなんて、もったいない。私を頼ってくれれば、いくらでも稼がせてあげたのに。ずっとナンバーワンでいさせてあげたのに」
「ありがとう。その気持ちだけで充分だよ」
「どこの店に行ったって、あなた以上のホストなんて見つからないの。もうほんと、つまんない! 退屈! ねえ、エイトさん、また歌舞伎町に帰ってこない?」
「菜緒さんにそこまで評価してもらえて光栄だね。もっと早く君と出逢えていれば良かったな。──だけど、わるいね、水商売に戻る気は無いんだ。さっきも言ったけど、僕はもう『エイト』じゃない。これ、今の僕の名刺」
「『ナイン探偵事務所 所長 堂島旺太郎』? ……これって本名?」
「まあね」
「カッコイイ~! ドラマかアニメの主人公みたい! やだ、イケメンは名前もイケてる~!」
「そ、そうかな?」
「探偵ってのもいい! 密室殺人とかアリバイトリックとか、不可能犯罪をいっぱい解決してるんでしょ?」
「そんな事件の依頼なんか、まったく来ないよ。仕事はほとんど浮気調査」
「え? そうなの? ──なんだ、意外と地味~」
「(……地味でわるかったな)」
「警察の捜査に協力したりは?」
「無い、無い」
「──ふぅん。そっか~」
「(……ドラマの見すぎだろ)」
「でも、せっかくだから、あれ聞きたいな。あれ言ってみてよ」
「どれ?」
「ほら、あれ。『真実はいつもひと』」
「だめ。無理。却下」
「なんで? ケチ!」
「いや、ケチとかじゃなくて。そっち方面は危ないから。権利関係が面倒だから」
「権利関係? 何それ? そんなの、面倒ならまとめて買いとればいいじゃない」
「(さすがの発想……これがセレブ……)」
「じゃあ、あれは? 『ジッチャンの名にかけ』」
「言わない。そもそもジッチャンがいない」
「えー? 探偵の面白み、全然ないじゃん! がっかり!」
「……探偵ってさ、マンガと現実は違うんだよ。期待に応えられなくてごめん。──ところで、菜緒さん、僕を呼びだした用件は?」
「あ、そうそう! あのね、私、お見合い話がもちあがってるの。パパから強制されてるの。それでどうしても、あなたに力を貸してほしくて。──ねえ、旺太郎さん。助けてよ……」
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