Tiamat

「Tiamat」(ティアマト)は海を象徴する原初の女神の名前。数多の神々を生み出した後、二分された身体を天と地に分けられて世界創造の礎となる。


一 ────
(4話中盤の「ご飯行こ」「でも」「行こ」のシーンの後)


「何、食べたい?」
「美尊さんの食べたいものなら、何でもいいよ」
「もう! 何でもいい、が一番こまるの!」
「違うよ。僕にももっとおしえて、美尊さんのこと」
「え?」
「美尊さんの好きな食べもの。好きな店。好きな場所。それに──好きなものの前では、君がどんな顔で笑うのか」
「……」
「知りたいんだ、いろいろな君を」
「……うん」
「でも、本当に病院には行かなくていいの? お父さんの──」
「いいの! 私の時間の使い方は私が決めるわ。今は、あなたと食事に行くって決めたんだから。気にしないで」
「……ありがとう(──おいおい、もう落ちたか? 百億、難易度低すぎ)」
「──ねえ、素敵な結婚式だったわね! 新婦さんもすごく綺麗で幸せそうで、あなたも幼なじみとして嬉しかったでしょ? ……私も、いつか、誰かとあんな風に式を挙げる時がくるのかしら……」
「(他人にだまされたことも他人をだましたこともない、無菌の温室育ちのお嬢様はさすが、警戒心ゼロだね。あんたやあんたの兄貴を見てると、つくづく世の中は不平等で不条理だと感じるよ)」
「結婚、って──どうやって決心するのかな。この相手と人生をともにしたい、って──どんな時に決意するのかな。──」
「(今までずっと、大金持ちのパパがキレイに舗装して絨毯を敷いた道しか歩いてこなかったんだよな? そんな世間知らずだから、俺みたいなクズに簡単にひっかかるんだって。……あんたはこれまで充分に、金と地位に護られたすばらしい人生をおくってきたはずだ。もういいだろ? 次は俺に譲ってくれよ)」
「……私は……私も……もしも“本当の愛”を見つけられたら……偽りも諦めもなく、心からそう思えるのかな? ……ねえ、旺太郎。あなたは、その……結婚、とか考えたことはある? ……旺太郎?」
「(全部だ。金も権力も幸せも全部、根こそぎ奪いつくしてやる……!)」
「旺太郎!」
「……えっ、あぁ、ごめん! すこしボーッとしちゃってて……。で、何? 美尊さん」
「だから、本当の……もういい。何でもない」
「ごめんってば。怒らないで。──だけど、“本当の愛”かはわからないけど、僕は今すごく幸せだよ」
「……え?」
「だって、こうして手を繋いだ美尊さんが僕の隣にいてくれるから」
「旺太郎……」
「(──ステージクリア、っと)」



二 ────
(4話中盤の「何もしないなら時間を戻すな。キスの無駄遣いだ」「行ってくる」のシーンの後)


「行けるんだな? ──わかった。次は、行きも帰りも俺が一緒についてってやる」
「……え、何で?」
「何でって……そう、監視! 監視だよ! おまえ一人で行かせたら、土壇場でびびって逃げて、今度も最期を看取れねえかもしれねえじゃん。そうなったらまた勝手に“キス”しに来るんだろ? そしたら、俺、いつまでたっても百億のパパに逢えねえし」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていいって。謝られたって、戻しちまったもんはもうしょうがないんだからさ。その代わり、今度こそお祖母さんとの別れに悔いを残すなよ」
「うん。……でも、本当、ひとりで行けるから。大丈夫だから、心配しないで」
「……心配じゃない。監視だっつーの。二度目の“被害”を未然に防ぎたいだけだ。おまえに拒否権はないんだよ、つべこべ言うな」
「……はい」
「(……おまえのことだからどうせ、お祖母さんの死を看取ったあともこの暗い部屋でたった一人でまた泣くんだろ。……放っておけるかよ、バ~カ)──で? 亡くなるのは、いつなんだ?」
「──二十日。一月二十日」



三 ────
(6話序盤の「ネイ・ホウ、ヂョウ・サン。バイバイ」のシーンの後)


「……ねい、ほ? じょう……?」
「広東語でこんにちは、おはよう、だ。香港での挨拶じゃ基本中の基本のフレーズだから憶えといた方がいいぞ」
「……香港? 私は、香港に行く予定ないから、いらない」
「いつか旅行するかもしれないだろ? 向上心のないヤツだなー」
「……。いつ、出発するの?」
「善は急げ、っていうしな。今日の午後の便で発つよ」
「(……善? ……どこが?)──それで、帰りは?」
「うーん、目的のブツが見つかりゃすぐ帰ってくるつもりだけど……。もし見つからなかったら……でも俺も仕事があるしなあ……リミットは長くて一週間、てトコかな?」
「そう……」
「何? ひょっとして宰子ちゃん、俺と離れるのが寂しい?」
「……!?」
「私ぃ~、エイトがそばにいてくれなきゃ寂しくて死んじゃいそうなのぉ~、だから早く帰ってきてぇ~、って?」
「そ、そ、そんなこと、思うわけない! う、うぬぼれないで! 絶対! 絶対絶対絶対にありえないから!」
「ムキになんなよ。余計あやしいぞ」
「……もう! 帰ってこなくて、いい!」
「うわ、冷てぇ。──ま、そんじゃ、ちょっと行ってくるよ。早けりゃ一日か二日だし、遅くても一週間で帰ってくるから。また連絡する」
「……あ、あの!」
「何だよ?」
「……お土産。……しょっぱいのよりも甘いのの方が、嬉しい。……」
「……はいはい、わかってるって! 任せとけ!(……くっそ、何だこいつ、最近妙にかわいい部分を見せてくるなぁ……)」



四 ────
(8話序盤の「そういうこと言ってくれるひとは多分クズ」「行くぞ」のシーンの後)


「ところでさ。おまえ、黒かグレー以外の色のコート、持ってないの?」
「……? 持ってない……」
「ワンピースだけイメチェンしてもなぁ……他がいつも通りの野暮ったさじゃなぁ……」
「……」
「おまえにはフェミニンだのガーリーだのいうアレが足りない! 圧倒的に足りない!」
「(フェミニン……? ガーリー……?)」
「──よし、決めた! 宰子、敵陣にのりこむ前におまえの全身コーディネートが先だ!」
「……え!?」
「白に合わせるアウター……ネイビー? いや、キャメル? やっぱ明るいキャメルがいいよな! 流行りのバックベルトのやつな!」
「な、何? 何が……?」
「グレーはストールあたりに差し色として残すか。かわいさだけじゃなくて落ち着いた雰囲気も出せそうだし!」
「ねえ、ちょっと──」
「宰子、おまえもセルフプロデュースを真剣に考えろ。クルーズ会社の御曹司を落としたくないのかよ?」
「……だから、そういうのはあきらめてるからいいって言ってるのに……」
「試合前から勝負をあきらめるなよ。服装と表情さえ改善すれば、おまえ、いい線いってんだから。──百億に負けるな、並樹家の連中におまえの魅力を見せつけてやれ!」
「…………え? それって、どういう……?」
「…………え? あれ? ……いや、ほら! 俺の親戚だろ? そういう設定だろ? だったら、血縁を疑われないだけのクオリティがおまえの見た目にも必要だろ、って話だよ!」
「……自意識過剰」
「何か言った!?」
「言ってません」
「──とにかく! 上から下まで俺が完璧に見立ててやるから、ついて来い!」
「……頼んでない」
「あのな。普通、ありがたく思うところだぞ。元ナンバーワンがタダで同伴してやるっつってんだから」
「ありがたくない。スースーする服は、もう嫌」
「文句多いな。もうスースーするのなんて選ばねえよ。……靴は、そうだな……宰子、ハイヒール履いて歩ける?」
「履いたことないから、わからない……(なんか、エイト……楽しそう?)」
「だろうな。じゃあ、ヒールは低めのにしとくか。──ほら、行くぞ、宰子!」
「──うん!」
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